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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6538号 判決

原告 深沢房子

右訴訟代理人弁護士 浅野繁

右訴訟復代理人弁護士 高場茂美

被告 石黒利招

右訴訟代理人弁護士 高橋銀治

右同 高野長英

主文

被告は原告に対し金六三万円およびこれに対する昭和四二年七月七日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は八分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

本判決は、金二〇万円の担保を供して、確定前に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金七四万九三五〇円およびこれに対する昭和四二年七月七日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として

第一、本位的主張

一、被告は肩書住所地において店舗を構えて製パン販売を主たる目的とする石黒製パン株式会社の代表取締役である。

二、原告は昭和四二年四月四日の正午頃、右石黒パン店の出入口附近において、同人が右店舗内で買物を終えて店外に出ようとした際、当日は強風のため巻きあげられていた出入口シャッターが突然原告の頭上に落下し、同人に頭部外傷・左前額部打撲血腫等の傷害を負わしめた。

三、右傷害は当時強風であったため、被告は数枚ある店舗出入口のシャッターを一部は下し、一部は中間まで巻きあげておくなどしていたが、中間まで巻きあげられたシャッターは強風にあおられて落下する危険があるから止め金等でシャッターの落下止し、以て店舗に集来する客等に対し傷害を与えることを未然に防止する注意義務があるのに拘らず、同日シャッターの操作をしていた被告は、シャッターの落下防止措置を怠ったため、一旦中間まで巻きあげられていたシャッターが強風にあおられ、折りからパンの買物を終って店外に出ようとした原告の頭上に落下したもので、被告のシャッターの落下の防止に対する過失によるものである。

四、原告は右傷害により受傷の日から同年五月二日まで北区十条二丁目二三番五号岸病院に入院加療し、その後も右病院に通院加療し、脳波に機能障害も認められ、左のとおり損害をうけた。

1  昭和四二年四月四日(負傷の日)から同年五月三一日までの右病院の入院費・治療費・附添婦費等合計四四万九三五〇円也

内訳

(イ)入院治療費 金四四万八八五〇円

(ロ)附添婦費  金    五〇〇円

但し、昭和四二年四月六日より同月一〇日まで、

2  慰藉料     金   三〇万円也

原告は明治三五年二月一日生れであるが、事故当時肩書住所地で独身生活をし、今日まで病気らしい病気をしたことがなく、極めて健康体であったが本件の事故で高血圧症も併発し、本来ならばもっと長期に入院を継続すべきであったが、経済的事情もあって孫娘の援助をうけて、自宅で病臥し、その後娘の婚家の三条市に移り、三条病院においても治療をうけなければならない等、そのうけた精神的損害は金三〇万円を下らない。

第二、予備的主張

一、仮りにシャッターに対する落下防止措置を講ずることが不能であったとしても、本件シャッターは客の集来する被告方店舗の出入口のところに設置されているものであるから、シャッターが中間まで下ろされていることに対し、原告にその旨の注意を喚起する等、シャッターとの接触を未然に防止すべき注意義務があるのに漫然と中間までシャッターを下ろしていたことは、被告に過失があったと云うべきである。

二、仮りに被告に過失が認められないとするも、原告と被告との間において昭和四二年四月二八日王子警察家事相談室において、原告がうけた傷害に対する入院治療費のうち、国民健康保険による控除以外自己負担となった入院費・治療費一切を被告が負担する合意が成立した。ところで原告は昭和四二年四月四日から昭和四三年一二月五日までの間に入院費およびおよび治療費として自己負担した金額は金四四万八八五〇円を要し同額の損害を蒙った。

猶、原告はその後新潟県三条病院等に入院治療・通院治療する等しているが、とりあえず右金額の請求をするものである。

よって原告は被告に対し損害賠償金として金七四万九三五〇円の支払いと訴状送達の日である昭和四二年七月七日から右完済まで年五分の割合による金員の支払いを求め、本訴請求に及ぶものである。

と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、事実上の答弁として、まず本位的主張に対し

第一項は認める。

第二項中、同日同時刻頃風の強かったこと、原告が負傷したことは認めるが、シャッターの落下は否認する。傷害の部位程度は不知。

第三項中、シャッターが風にあおられたこと、被告に落下防止措置義務の怠りがあったことは否認する。

第四項中、入院加療および通院の事実は認めるが、日数、費用は不知、慰藉料額は争う。

次に、予備的主張に対し、

第一項の注意義務違反は否認する。

第二項の合意成立は否認する。

と述べ、「当日原告は、負傷後も意識明瞭で、三〇分位店の奥で休み頭を冷やすなどして後徒歩で近くの病院に赴いたもので、入院当初は被告側の見舞に感謝していた位である。」と附陳した。

立証≪省略≫

理由

一、昭和四二年四月四日正午頃原告が被告の経営するパン販売店に入り、買物を終って出ようとするとき、鉄製シャッターに――シャッターが落下したのか、そうでなく原告が単にぶつかったのかは暫らく措いて――接触した結果負傷したという事実は当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫を総合すると、このシャッターは、六板ある鉄製シャッターのうち、外側正面から店に向って一番左の、店の中のパンケースの前にあたる一枚であったと認められる。

二、問題は、この一枚が果して原告の主張するように、突然頭上に落ちかかったか否かである。証拠を検するに、証人佐原ツルおよび原告本人の供述はこれを明言するのであり、佐原証人の供述は、問題のシャッターが左端の一枚であること、事故当時店の主人である被告本人が外に出ていたこと(この点は被告本人の供述と符節を合するものである。)等、内容に裏付けがあり、検証の結果によれば、同証人が事故を目撃したという電話ボックスから事故現場を見通すことは可能であると認められるから、同証人の供述は一応の証明力あるものと考えなければならない。

三、しかしながら、証人宮下勘治の供述によれば、本件左端のシャッターには故障箇所がなかったこと、正常に作動する場合スプリングの構造上、上方へは軽くあがるが下方へは両手で強く力を加えねばおりない仕掛であることが認められるのであって、少なくとも原告本人の供述するような、一番上まであげきってあったシャッターがガラガラとひとりでにおりてきて、原告を傷つけて後、ズルズルと下までおりる、といった事態の起りようがなかったことは明らかである。

四、一方証人石黒信子および被告本人は、事故当時シャッターは、中のケースが見えるだけで腰をかがめねばくぐれない位(検証の際の被告側指示によれば床から一・二メートル)にまでおろしていたもので、原告本人は自分からこれにぶつかったものに過ぎない旨供述する。そして、事故後に原告本人を診察した医師である証人岸広豊の供述も、鈍器による打撲によって生じた挫傷であることをいうのみであって、上方から落下したものによる挫傷か否かは確言せず、この点の決め手を与えない。

五、前記佐原証人は、原告本人の供述するところと異なり、上から三分の一位(立って通りすぎできる高さ)までおろしてあったものが、少し落ちて、その時に原告を傷つけたが、そのあと下まで落ちつづけたわけではない、と供述しており、他方被告本人自身、事故前二~三〇分強風のためシャッターをおろしたこと、シャッターをおろす作業をしたのは一度だけではないこと(この点は多少曖昧であるが)、シャッターをおろすのはある高さまでは棒でひっぱるものであること、事故当時シャッターの外側にいたこと(その理由については明確な理由を述べていない。)等を認める旨供述していること、および認定のシャッターの構造等を考え合せると、当時被告本人はシャッターを中途までおろした後、その程度を変えるためいじっていて、たまたま少し下げた時点と原告本人が店から出ようとする瞬間とが偶然に一致したための不幸な出来事であったと認められる。石黒証人および被告本人の供述中これに反する部分は採用しない。

六、証人宮下の供述によれば、本件シャッターには中途の留め金はなく、構造上全部捲き上げるか、下までおろして切るかのいずれかを正位置とすることが認められる。被告本人の供述によれば、本件事故以前は、途中まで半分おろすという使い方をしてもひとりでに下がったりすることなく(その点は検証の結果認められる。)、別に何の問題も生じなかったことが認められるが、少なくとも正規の使い方をしているのでなかった以上、出入り通行する顧客に対する注意義務はそれだけ加重されていて然るべき道理であって、前認定のような経過で原告本人が負傷した以上、被告はこれに対する過失の責めを免かれないというべきである。

七、そこで、損害を考察するに、≪証拠省略≫によれば、原告本人は、前額部打撲血腫・頭部外傷を負い、その後の入院・通院ならびに入通院治療費四四万八八五〇円および附添費五〇〇円の支払が原告主張のとおりであったことを認めることができる。

八、しかしながら、原告の治療期間・治療費の増大は、本件事故による負傷のみに基づくものでなく、例えば、甲第一五号証の傷病名中「左肘・右胸・左大腿打撲」の如きは、岸証人の供述で認められるように、入院後ベッドから落ちて生じた副次的なものでこれによる損害の賠償を被告に求めるのは相当でない(甲第一五号証は国民健保関係の支払を示すものであるが、右のような症状に基づく治療すべてが、国民健保によって賄われたと見るべき証拠はない。)と考えられるから(これに反して、「高血圧」の方は、岸証人の供述により、原告は事故当時は年齢相応の血圧値であったことが認められるから、むしろ高血圧症状自身事故に由来するものと見る余地がある。)、事故と相当因果関係ある損害としては、請求にかかる治療関係費用の九割を認容することとする。そうすると、四〇万円(万円未満切捨)となる。

九、次に慰藉料については、前認定の諸般の事情をすべて参酌し、二三万円を相当と認める。

一〇、一部棄却分について、原告の予備的主張によって認容すべき点があるか否かを考えるに、予備的主張第一項の点については前段までの判示を補充する必要のないことが明らかである。同第二項については、≪証拠省略≫を総合するも、前認定の入院費・治療費四四万八八五〇円について、前認定のようなベッドから落ちたための負傷に由来する部分まで問題とせずに、被告が負担する旨の合意が存したとは認定することができない。従って、前段までの判示で足りると考える。

一一、そうすると、結局被告は原告に対し六三万円の支払義務あることになる。よって原告請求中、右金額およびこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年七月七日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言については同法第一九六条に則って、主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 倉田卓次)

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